『カルメン』の街、セビリアへ

文/東 敬子(フラメンコ、スペイン文化ライター)Text: Keiko Higashi (Kバレエカンパニー『カルメン』公演パンフレット掲載 2014 – 一部編集)

歴史が生んだ華やかでエキゾチックな町並み。その隙間を縫って吹く風に、爽やかなオレンジの香りが漂う。

フランス人作家プロスペール・メリメ (Prosper Mérimée 1803 -1870) 著『カルメン』(1845)の舞台となったセビリア (セビージャ) は、その美しさで、「スペインの中の小さなパリ」と呼ばれている。でも、パリのようにちょっとすました、高圧的な顔ではなく、この街の表情は、もっと大らかで開放的だ。

ペンキをぶちまけたような、一点の曇りも無い青空の下に広がる、人々の活気溢れる笑顔。心を沸き立たせる早口の声。そして、その中に隠れる、魅惑的な一種の「かげり」が、微妙なアクセントを付ける。

この街が放つ熱に包まれたメリメが、身体のほてりと共に、創作に駆り立てられたのは、想像に難くない。そしてセビリアの魅力は多くのクリエイターの心を掻き立て、メリメの小説がベースとなったオペラ版『カルメン』ほか、『フィガロの結婚』、『ドン・ジョバンニ』、『セビリアの理髪師』など、数多くのオペラが世に誕生した。

一年中温暖なセビリアは、太古の昔から、人々の憧れの地だった。古代ローマ帝国支配、諸民族による植民地化、イスラム勢力支配を経て、13世紀半ばカスティーリャ王国に征服されたのち、同国の主要都市となったセビリアは、ヨーロッパを繋ぐ湾岸都市として栄え、15世紀にスペイン国が設立されてからは、新大陸との貿易港として大繁栄する。現在も、スペイン南部アンダルシア州の政治、経済を担う、スペイン第四の都市として栄え、マドリードから高速鉄道(AVE)で2時間半の便利さもさることながら、コルドバ、マラガ、グラナダなどの人気スポットにも近く、スペインでも一、二を争う観光都市となっている。

古くから異文化が混在したセビリアには見所が目白押しだ。まず、『カルメン』の世界に浸るなら、舞台となった王立タバコ工場をぜひ訪れてみたい。1728年に建設されたこの建物は、現在ではセビリア大学の本部となっている。

そして、三つの世界遺産も忘れずに。16世紀に完成したスペイン最大のカテドラル、セビリア大聖堂。イスラムとキリスト教の両様式が融合した、14世紀に建築された宮殿アルカサル。そしてルネサンス建築で16世紀に建築されたインディアス総合古文書館。

アルカサル

またセビリアは、世界無形文化遺産であるフラメンコの本場でもある。数多くのペーニャ (アソシエーション) やタブラオ (フラメンコの小劇場) があり、迫力溢れる舞台が連日生で楽しめる。

セビリアの春祭り

行事も多く、春先のセビリアの春祭り(フェリア・デ・アブリル)は有名だ。フラメンコ風の色とりどりの衣装で、民謡セビージャーナスを歌い踊り、他の土地にはないセビリアらしい開放感が味わえる。祭りに先立って行われる聖週間(セマナ・サンタ)の行事では、マリア像の御輿が街をねり歩く。それはカトリック教徒の熱狂的な信仰心に触れる貴重な機会となるだろう。

また、闘牛の本拠地でもあるセビリアでは、1765年に建設された世界最古のマエストランサ闘牛場で4月から10月まで白熱の戦いが楽しめる。

マエストランサ闘牛場

さて、スペイン文化を堪能したら、次はお腹を満たす番。人々が一日の内で一番がっつり行くのは昼食で、昼休みが通常3時間(!)あることもあり、自宅に帰って食べる人も多い。レストランやバルを利用する場合は、前菜、肉・魚料理、デザートが付く日替り定食がポピュラー。そして、昼が多い分、夜はサラダやスープなどで軽めに。バルでビールやワイン片手にタパス(小皿料理)をつまむことも多い。

アンダルシアは、新鮮な野菜やフルーツ、魚介類が豊富で、あまり手を加えず素材の味を生かす料理が多く、イワシ、タラ、メルルーサなどをオリーブオイルでサクッと揚げたぺスカイート・フリート(魚のフライ)がその代表だ。酢漬けにした魚を揚げたアドボも、口に広がるジューシーなうまみが良い。そして一緒に冷たいビールをグイッと一口。

アドボ

トマトほか沢山の野菜が入った冷たいスープ、ガスパチョは、夏に無くてはならない大定番。よりクリーミーなサルモレッホもおいしい。串に刺した肉のバーベキュー、ピンチョ・モルーノはスパイシーな味。色々な具材を混ぜた素朴な卵料理も人気メニュー。また、冬場はプッチェーロがお勧め。鳥、肉、野菜、ヒヨコ豆などを水で一緒に煮たスペイン風煮込みで、身体が温まるやさしい一皿だ。

De bandera.com

スペイン特産の各種チーズ、チョリソやハモンなどの肉の燻製、オリーブは必食。そして影の主役、パン。輪切りにしたパンに、ナイフで一枚一枚丁寧にスライスしたハモンを乗せ、オリーブオイルを数滴たらし、ワインやシェリー、フィノと一緒にいただくこの至福。スペイン料理はパンと一緒に食べる前提で味が濃い目。だからどんな料理でも、必ずパンと一緒に食べて欲しい。料理の味が、ぐんと引き立つこと請け合いだ。

まだ肌寒い早春や、蒸し暑い梅雨には、セビリアの空に思いを馳せよう。そしたらきっと、うつろな心は空高く羽ばたいていく。

セビリアの観光サイト

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